地域のいたきんネットの連携医療機関から、集学的痛みセンターに紹介された患者さんの症例をご紹介します。
2か所の整形外科を受診した
腰、背中、肩の痛みで寝たきり予備軍になった
Bさん(75歳、女性)の場合
5才年上の夫は3年前にがんで他界。2人の息子はそれぞれ独立して一人暮らし。2年ほど前から腰や背中が痛みだし、近所の「整形外科(1)」で「変形性腰椎症」と診断され牽引や電気治療を受けてきたが痛みは一向によくならず、無理をしてはいけないと考え、趣味のコーラスや料理教室も行かなくなってしまった。
その後は食事の支度も億劫になり、出来合いのもので済ます日々。痛い場所は腰だけでなく背中や肩にも広がり「このままでは寝たきりになってしまうかも」と不安な毎日を送っていたところ、心配した息子が、「母さんにあいそう」と一駅先の「整形外科(2)」を勧めてくれたため受診。診察の結果「脊椎の変形は年相応で痛みは変形性腰椎症によるものではない。改善のためには、痛みはあっても動いたほうがよい」とのアドバイスを受けた。ただ、痛みがつらく、一人で生活していくのにも支障が出始めている状況は大変だろうと、集中的に治療することを勧められ、地域の病院の「集学的痛みセンター」を紹介された。
集学的痛みセンターでは、慢性痛(慢性疼痛)専門の医師による診察の後、理学療法士に身体の動きを念入りにみてもらい、作業療法士に一日の過ごし方を詳しく尋ねられた。Aさんの慢性的な痛みは変形性腰椎症によるものではなく、痛みを察知する身体アラームの誤作動によるものだった。
その後の治療では、医師からまず、身体がよくなったらどんな生活を送りたいか、どんなことをしてみたいかを尋ねられた。(人生を楽しむことなどもう無理だ)とあきらめていたAさんは、答えることができなかったが、「リハビリを中心とした治療で、今できていないこともできるようになりますよ」との説明を聞き、安堵した。
3週間入院し、リハビリ室での自転車漕ぎや療法士と一緒に散歩するなどを続けるうちに、少しずつ動けるようになって行った。痛みとの付き合い方についても指導を受け、退院してからの、買い物に行ったり料理をしたりする生活をイメージできるようになった。
退院後は、痛みはまだあるものの2日に1回は買い物に出かけ、夕食を自分で作っている。散歩は日課となり、外出も苦でなくなってきた。友人とも電話で話して楽しめるようになり近くコーラスを再開しようかと考えている。整形外科(2)へは引き続き、骨粗しょう症の治療に通っているが、痛みの治療は卒業した。
歯科、心療内科、ペインクリニックを受診した
口腔内の痛み、不眠や肩こりで何もする気にならない
「空の巣症候群」になったCさん(52歳、女性)の場合
55歳会社員の夫と二人暮らし。2人の子供はそれぞれ独立し結婚している。2年前、口の中が痛くなり「歯科」治療を受けたが治らない。やむなく抜歯したが、痛みはさらに悪化し、半年前から口の中が乾燥して話しづらくなってきた。夜も眠れなくなってきたため、「心療内科」に通院して睡眠薬を服用している。
「ペインクリニック」での治療を勧められ、神経障害性疼痛と診断されて投薬や神経ブロック治療を受けているがあまり効果は感じられない。ブロックは怖いけれども、少しの間は痛みが軽くなる気もするので続けている。
肩こり、頭痛、倦怠感といった症状がひどく、立っていられないこともあったため家事をしなくなり、食事は夫が買ってきてくれる弁当で済ますようになった。洗濯や掃除は週末に夫がまとめてしてくれている。迷惑をかけて申し訳ないと感じている。
知人の勧めで地域の病院の「集学的痛みセンター」を受診した。
医師の診察の後、作業療法士に一日どうすごしているかを詳しく尋ねられた。臨床心理士からは大学卒業してから今までの仕事や生活について尋ねられた。医師からは、身体がよくなったらどんな生活を送りたいか、どんなことをしてみたいかを尋ねられたが、Bさんは何も思い浮かばなかった。
歯がないのに歯が痛いと感じる病気には「非歯原性歯痛(ひしげんせいしつう)」という歯科の病気があるが、詳細な診察の結果除外された。残ったのは「空の巣症候群」。これは、子どもが家を出たり結婚したりしたときに、多くの両親が陥りがちな状態で、燃え尽き症候群、五月病などにも似ている。
集学的痛みセンターの医師は、「3か月間週に一度、認知行動療法のために通院治療する」ことを提案してくれた。投薬や注射をしない治療だということで、正直、本当に効くのかどうか半信半疑だった。
だが、治療は効いた。週に一度、臨床心理士と会話し、作業療法士に普段の生活での目標を伝え、何ができたかを報告した。医師とは家族のことや親のこと、好きなことや嫌いなことなどとりとめのない話をしていた。するとどうだろう。気が付けば体の不調は消え、気持ちが前向きになり、楽しいことを考えられるようになっていた。
原因は「食いしばり」
交通事故後、整形外科に通院していた
顎関節症から腰痛、股関節痛になったDさん(44歳、男性)の場合
Dさんは、コンテンポラリーダンサー(振付師)と鍼灸師をしている上に、格闘家でもある。仕事は忙しい。駐車場でのもらい事故により、負傷したDさん。8ヶ月で症状固定したが、その後も腰痛、股関節痛が持続。日内変動が大きく、起床時に強い腰痛があり、伸展動作、ウェイトトレーニング、ダンスの翌日に痛くなる。症状固定1年後に「整形外科」から集学的痛みセンターに紹介された。元々の腰痛持ち。事故にあった頃も、激しいダンスや高負荷筋力トレーニングなどを行っており、股関節の痛みに関しては事故が誘因ではないとの自覚がある。腰痛に関しては事故の後に違和感はあったが、明確な悪化要因ではないと思っている。被害者意識はない。
MR検査では椎間板ヘルニア、椎間板膨隆が認められ、股関節の異常は認めなかった。
診断名は、「慢性一次性四肢痛」。顎関節の高負荷トレーニング、食いしばり状態の持続によると考えられる高度な筋肉拘縮に伴う中枢感作、骨盤水平位をとれないことによる腰痛が疑われた。そこで顎関節の筋膜リリースを行ったところ、腰痛、股関節痛とも消失。
Dさんに、強いくいしばりが持続したことによる顎関節症からの、腰痛、股関節痛であることを説明したところ、よく理解された。
以上から、治療方針は、主にセルフケア、鍼灸、顔面筋のケア、高負荷トレーニングの回避と決定。高負荷トレーニングなどでの食いしばりを避けること、骨盤水平位をとれるようなストレッチ、姿勢の補正、顎関節、側頭筋の鍼灸治療していくこととした。その後、痛みは緩和され、セルフケアをしながらダンサーの仕事も続けている。